二人の得意と情熱が融合し、
人気漫画『カラちゃんとシトーさんと、』が誕生
幼い頃からの「もの作り」の
興味を持ち続け日藝へ
フトンチラシ(以下トンチラ):私たちは現在、原作を高野さん、作画を私が担当する形で、『カラちゃんとシトーさんと、』という漫画を二人三脚で制作しています。実は私たちは幼馴染であり、現在は夫婦でもあります。お互いのクリエイティブの癖も、これまでの歩みも知る関係だからこそ、今の共同制作の形があります。

『カラちゃんとシトーさんと、』が書店のフェアコーナーで陳列されているのを発見!嬉しかった!!
私は幼い頃から、もの作りに興味を持っていました。明確なきっかけがあったわけではないのですが、例えばアニメ映画を観て心に残るのが「ものを作っているシーン」で、アップルパイを作っていたりドレスを作っていたり、そんなシーンが大好きな子どもでした。粘土遊びやお絵かきにも夢中になっていました。
高校では「立体造形部」に入部し、そこで陶芸に目覚めました。陶芸をきっかけに、もっと立体物を作る上での「根源的なもの」を学びたいと考え、日本大学芸術学部美術学科の彫刻コースへの進学を決めたのです。当時、人体彫刻はあらゆる表現の基礎になりうると考えていたからです。
高野水登(以下高野):私は両親がエンターテインメントに造詣の深い家庭で育ちました。映画や舞台を日常的に見る中で、自然と「ものを書くこと」「作ること」に興味を持つようになりました。
最初の転機は中学校1年生の文化祭です。全クラスとも演劇が課せられ、そこで私は思い切って脚本・演出に手を挙げました。当時ハマっていたゲームの影響もあり、父に「法廷ものがやりたい」と相談したところ、映画『12人の怒れる男』と三谷幸喜さんの『12人の優しい日本人』を見せられ、「これをパクりなさい」と言われ(笑)。そこで書いた処女作『12人のイカれた中学生』が私の脚本人生のスタートです。
それ以来、ずっと三谷幸喜さんに憧れ、中学生の頃から「三谷さんと同じ日藝に行きたい」と強く意識していました。高校はトンチラさんと一緒に、芸術に力を入れている高校に進みました。私は演劇、彼女は美術を中心に学び、そして当時のAO受験で日藝に進学しました。
日藝での彫刻制作の学びが
現在の漫画制作へと繋がっている
トンチラ:日藝の彫刻コースに入ってからは、とにかくひたすら作品を作り続ける日々でした。在学中に学んだ人体彫刻の手順や感覚は、確実に今の漫画『カラちゃんとシトーさんと、』の作画に影響を与えています。自分の中の9割方は、あのとき彫刻を作った感覚が占めていると言ってもいいくらい、プロセスを彫刻に置き換えているのです。
人体彫刻は、モデルさんを前にスケッチを描き、次に「芯棒」を組み立て、そこへ粘土を「荒付け」し、プロポーションを確かめながら仕上げていきます。マンガにおける「ネーム」はスケッチであり、その後の「コマ割り」はまさに「芯棒作り」そのもの。この土台がしっかりしていないと、その後の肉付けや仕上げが崩れてしまいます。こうした制作のプロセスや、もの作りの順序の考え方はすべて日藝の彫刻で培われました。
高野:私は学生時代、自分で劇団を立ち上げて、劇場を借りてコメディやエンタメ系の舞台の脚本・演出をやっていました。こうした自主活動から得たものは大きかったと実感していますが、あえて授業の中で学びが大きかったものを挙げるなら、体育の「スケート実習」です。軽井沢のリンクに数日間泊まり込みで行われる実習授業です。トンチラさんも一緒に受けていまして、私たちは高校でスケート経験があり、他の人よりも少し滑れたので、翌年からはアルバイトの指導員として呼ばれるようになりました。
担当の小沢先生から言われた「体を鍛えるということは、脳を鍛えることと一緒なんだ。脳も肉体の一部だから」という言葉は、ずっと頭の片隅にあります。30代になってその言葉の重みを実感し、今ではパーソナルジムに通って筋トレやランニングを欠かしません。この健康な肉体があるからこそ、今、膨大な原稿を書き続けられています。
専門科目以外のところに、思いもよらない人生の財産が転がっている。それこそが、大学という場所へ行く大きな価値のひとつだと思います。
学生時代は作品制作に没頭し、
卒業後はそれぞれの道へ
トンチラ:大学時代の思い出といえば、制作に明け暮れた日々です。新潟の「アートトリエンナーレ大地の芸術祭」などに参加し、教授を中心に現地へ泊まり込みで巨大な作品を作っていました。平日は大学で通常の授業や制作をこなし、土曜日の授業が終わると車で新潟へ向かって、廃校になった小学校の壁面や柱をひたすらノミで彫り続けて作品制作。日曜日の夜に帰ってきて月曜日からまた大学で制作する。そんな生活を送っていました。今振り返ると過酷でしたが、エネルギーを注いで巨大な作品を作り上げた経験は、何にも代えがたいタフさを私にもたらしてくれ、今の自分を支えています。
高野:一方で、私も学生時代は自分の劇団の公演を打つために必死でした。日藝の中で実績を出している人、のちにプロとして残っていく人に共通しているのは、やっぱり「在学中から学校の枠に収まらず、自主的に活動している人」です。その自主性が、卒業後のプロとしての道を開く鍵になるのだと、自分自身の経験からも痛感しています。
トンチラ:卒業にあたって、私は「とにかく第一線の現場に身を置くことが、アーティストになる一番の近道だ」と考え、まずは岐阜県で2年間ほど現代アーティストのアシスタントを務め、制作の補助や作品管理などを学びました。
その後、関東に戻ってきたタイミングで、大学でお世話になった飯田竜太先生(現在・彫刻コース教授)にお声がけいただき、先生が活動されているアーティストデュオ「Nerhol(ネルホル)」のアシスタントに入ることになりました。Nerholでの数年間は、主に制作面でのサポートを担当させてもらいました。
高野:私は大学4年生のとき、一生懸命脚本のコンペに応募していましたが全く引っかからず、就活もしていない状態でした。2月に控えた卒業公演が終わったら、いよいよ本格的にフリーターだなと覚悟していたのです。そんなとき、本当に偶然の縁が繋がりました。大学の劇作コースの後輩のお母さんの友人が、現在の所属先である脚本家事務所「Queen-B」のマネージャーだったのです。新人の書き手を探しているという話を後輩経由で聞き、私の卒業公演を観に来てもらいました。千秋楽の翌日に社長と面談し、「とりあえずやってみる?」と言っていただき、事務所に所属することになったのです。
「デビューまで最低10年はかかる」と言われる厳しい業界ですが、当時のQueen-Bは西田征史さんや高橋悠也さん、そして日藝の先輩でもある吉田恵里香さん(『虎に翼』など)といったトップランナーの先輩方が爆発的に売れ始めた時期でした。先輩方の仕事が忙しくなった結果、プロット作成や議事録取りといった「下っ端の仕事」をこなせる人間が私しかいない状態になり、幸運にも多くの現場へ入れてもらうことができました。
見よう見まねでプロットコンペに参加するうちに、映画『3D彼女 リアルガール』の英勉監督が私の書いたプロットを「面白いからこのまま脚本を書かせよう」と抜擢してくださり、さらに『仮面ライダーエグゼイド』のスピンオフ脚本のチャンスも巡ってきました。こうして卒業したその年のうちに、脚本家デビューを果たすことができたのです。先輩方の下働きを泥臭くやりながらチャンスを掴み、英監督とはその後に『賭ケグルイ』シリーズや『映像研には手を出すな!』でもご一緒させていただくなど、すべての仕事が次の信頼へと繋がっていきました。
夢は『カラちゃんとシトーさんと、』の
フィンランド編を描くこと
トンチラ:私が漫画を描きたいと意識したのは、高野さんが「漫画の原作を作ってみたい」と漏らした一言からでした。その夢に協力したいと一念発起し、漫画を学び始めました。週に数日、Nerholでアシスタントをしながら、漫画の技術を身につけていきました。飯田先生が田中義久さんと共にNerholとして二人一組で素晴らしい作品を生み出している姿を間近で見ていたことも、私たちがチームで漫画を作る大きなヒントになりました。
高野:私も「トンチラさんにマンガを描かせたい、彼女の絵を世に出したい」という想いがあり、応援していました。本当に彼女には力があると感じ、自分には及ばない努力ができる人です。実は彼女は日藝で特待生だったんです。それだけ真面目で強い精神力がある。
トンチラ:漫画修行を続けてしばらくしたとき、ふとひらめき「サウナ漫画が描きたい」とつぶやきました。その瞬間、彼の脚本家としてのスイッチが入ったのが分かりました(笑)。
高野:二人でスーパーに行った帰り、坂道を歩いているときだったね。上りきるまでの数分間で、「主人公はイケメン二人組」「舞台はプライベートサウナ限定」「一話完結」というフォーマットが一気に組み上がりました。二人ともサウナが大好きでよく行っていましたから。
映像化まで見据えた構成を私が練り、彼女がキャラクターデザインを突き詰めていく。そうして生まれた18ページの読み切りを同人誌即売会の「コミティア」に出し……トントン拍子に共同作業が実を結んでいきました。メジャーなタレントさんを起用したドラマも実現しました。本当に夢のようです。

アクリルスタンド、キーホルダー、カードなどのグッズも展開
トンチラ:この作品を作り続ける上での一番のやりがいは、読者の方々から「読んでいて本当に癒やされた」「自分もサウナに行って美味しいものが食べたくなった」といったリアルな反響をいただけることです。私たちがこだわった空気感やディテールが、しっかりと読者に届いているのを実感できる瞬間が何より嬉しいですね。
今後の大きな目標としては、この『カラちゃんとシトーさんと、』がもっと続いて、いつかサウナの聖地であるフィンランド編を描くことです。
高野さんの脚本の強みを活かし、密にコミュニケーションが取れる関係だからこそ描けるものを作り続け、長く愛される作品に育てていきたいです。
本気で何かを作りたい人へ。
日藝を目指す後輩たちへのメッセージ
高野:日藝という場所には、「本気で何かを作りたい」と思っている仲間や先輩、学科を越えた繋がり、そして真剣に向き合えば真剣に助けてくれる素晴らしい先生方やチャンスが、それこそ母数の多さとしてたくさん転がっています。ただ遊んで楽しんで就職活動を成功させる、それだけの4年間じゃちょっともったいないです。
自分のやりたいことに嘘をつかず、本気で何かをクリエイトしたいと思っている人に、ぜひ日藝の門を叩いてほしいですね。皆さんが新しい何かを生み出し、いつか現場で一緒に仕事ができる日を心から楽しみにしています。

高野水登の漫画『ノウワンダー』が2025年12月よりジャンプTOONで連載中!
トンチラ:日藝に入って、そして社会に出てからも一番大切なのは、「自分で何かを生み出し続ける、創作し続ける」という強い意志と自主性です。また、もの作りにゴールや正解はありません。常に学び続け、時には道を戻ったり変えたりしながら、前に進むことを諦めないことも必要な姿勢だと思います。これから日藝を目指す皆さんには、ぜひ学生時代から高い目標を持ち、自分の手で何かを作り出す貪欲さを持ってほしいなと思います。
(※職業・勤務先は、取材当時のものです)

2016年 美術学科彫刻コース卒
漫画家
『カラちゃんとシトーさんと、』作画

2016年 演劇学科劇作コース卒
Queen-B所属 / 脚本家、漫画原作者
『カラちゃんとシトーさんと、』原作